はやくおとなになりたい

短歌とぶんがくと漫画を愛する道券はなが超火力こじつけ感想文を書きます。

エア読書会・田丸まひるさん『ピース降る』

先日行われた「未來短歌会彗星集神戸歌会・田丸まひる『ピース降る』・岩尾淳子『岸』合同読書会」、むちゃくちゃ行きたかったのですが、諸事情で行けませんでした。悲しいので、ここで1人でエア読書会を開催したいと思います。

 

田丸まひるさん『ピース降る』について

1、目に見えないものをとらえる

こころとは紺色の鳥やわらかく抱いてひらけば羽ばたくのだから

ほどけない微熱どうしてこの熱は言葉に変化しないんだろう

ざらりおん金平糖を踏むような会話のざらりおん、ざらり、おん

 

 「ピース降る」を読ませていただいて印象深く感じたのは、比喩の巧みさと美しさでした。田丸さんの比喩からは、対象をよく理解した上で言葉を選ぼうとされている印象を受けました。

 一首目、「こころ」という目に見えないものを、「やわらかく抱いてひらけば羽ばたく」「紺色の鳥」と言い換えられています。「こころ」の、やさしく体温の通う形で触れ合えば力がみなぎる特色、清廉で奥深い感じ、軽やかに希望にむかってひらくという側面を、嚙み砕いて丁寧に捉えられたからこその比喩だと思います。美しく目新しい言葉の並びだけれど、それだけでなく、真摯な理解に努められているところが好きです。

 二首目は「言葉」への理解が深いように思います。からだのなかで「ほどけない」ままくすぶる「微熱」のような感情が、放出されて「言葉」になるんだけれど、実際の微熱は、そうやって放出されることはない。自分から出てくる言葉の在処と行方をつぶさに観察されているからこそ、出てくる比喩だと感じました。

 三首目は「会話」への着眼が印象的でした。ざらりとした手触りの会話、なめらかに心情が伝達しあえていない感触が、特徴的な擬音語「ざらりおん」と、「金平糖を踏む」という比喩によって表現されています。また、最後の「ざらり、おん」と少し余韻を残すような感じは、わかりあえていない感覚からくる不穏な未来を予測する主体の不安が表れていて、巧みだと思いました。「会話」に際してのわずかな引っかかりをよく吟味し、それがよく伝わる擬音語を創作、活用されているところがすごいと思いました。

 

2、生活のたしかな手触り

言い訳をするときいつもひんやりとシンクにもたれたがるばかもの

生活の中に輪ゴムを拾うとき憎しみのほんとうにかすかな息吹

術前のライブチケットひそませた財布を薄い金庫にしまう

 

 また、「ピース降る」では、生活をする上で目にする小物を巧みに用いて、ままならないことに対する感情を繊細に拾い上げていらっしゃるところも印象的でした。

 一首目、相手の「シンクにもたれたがる」癖を目ざとく見つけて歌にされています。言い訳をされている主体の心中は決して穏やかではないのに、その反面、「ばかもの」は「ひんやり」とした様子に見える。「言い訳をするときいつも」「シンクにもたれたがる」という相手の様子ひとつで、相手と主体の関係や互いの心情が生々しく伝わってきます。

 二首目、「輪ゴム、確かに拾う!」と声を上げそうになりました。家で自分でぶちまけたたくさんの輪ゴムも、職場でみんなに踏まれて埃だらけになった一本の輪ゴムも、拾う時の心中はハッピーでないことが多い。わざわざ拾うためにかがんだ時に、自分のなかに自分でも気づいていなかった憎しみがかすかに息づいているのを発見する…… 輪ゴムを拾うという動作が、その発見の唐突さ、確かさを裏付けています。

 三首目、楽しみにしているライブだけれど、それが終わればいよいよ不安な手術が目前に迫ってくる。そういった複雑な心境が描かれています。手術とライブチケットという取り合わせが、アンバランスなようで生活の一面を確かに捉えており、主体が背景や暮らしをもった人間として生々しく息づいているのを感じさせられました。財布という貴重品を薄くて頼りない金庫にしまう不安がまた、手術前の不安を増幅させていると思いました。

 

3、まとめ

 「ピース降る」、最初に手に取らせていただいた時、ずっと表紙を眺めて「かわいい……えっち……最高……かわいい……」みたいになっていました。しかし、読み始めると、「ピース降る」の歌は、ままならないことに対して心を乱しながらも、問い、諦め、戦い、気づく内容の歌が多く、どんどん引き込まれていきました。また、そういった重たい内容も、対象を先入観で決めつけて詠むのではなく、自分でよく観察、理解しようと奮闘されている姿が伝わってきて、本当に骨太な印象というか、かくありたいと感じました。しかも、おしゃれな小物使いや美しい言葉の並びによって、そういった骨太の歌も、するするっと読まされてしまう。それは美意識の高さからくるものでもあるし、読者のことがよく見えていて、それに応えるだけの高い技量からくるものでもあるように感じました。

私は作歌の際、わりと見たこと思ったことをばーんと投げつけてしまうので、「ピース降る」を読ませていただいて、色々なことを考えさせられました。対象を噛み砕こうと奮闘しているか、読者が見えているか、美意識があるか……。「無理むり絶対できない」と震えあがる自分をなんとかなだめながら、また歌を作っていこうという勇気をもらえました。切なくて可愛くておしゃれで泥臭くてかっこいい歌集でした。ありがとうございました。