はやくおとなになりたい

短歌とぶんがくと漫画を愛する道券はなが超火力こじつけ感想文を書きます。

「真砂集」良かった    

 とりあえず まず 好きな歌を あげます。絞り込むのが大変でした。私の語彙力がゆるせばもっともっとあげたかった。

 

手をつなぎ歌ひつつゆく四歳の子の切りたての爪の鋭さ 飯ヶ谷文子「帰る場所」

 「四歳」と言われて初めて、四歳の子がどれくらいの大きさ、質感なのか、把握していない自分に気が付く。「切りたての爪の鋭さ」から、未熟な、ほどける前の果実のような、子どもという存在の硬さが想起されて好きだった。「手をつなぎ歌ひつつゆく」という出だしは「四歳の子」を導く序詞のようになめらかであたたかく、硬く冷たい結句との対比が印象的だった。

 

新幹線車内ニュースの配信元の移ろうごとく東国へ帰る 太田青磁「京に上る」

  新幹線車内ニュース、漢字とカタカナだけなので人工的な感じがして、疲れて乗り込む新幹線の乾いて無機質な感じをよく伝えている。目で追えるか追えないかの速度で移ろう「配信元」と同じ速度で、出先の京都からホームの東国へ帰る途中、空気や気分が切り替わっていく様子がおもしろかった。

 

見ず知らずの人が教えてくれました猫にも乳癌のあることを 嶋田さくらこ「猫と向日葵」

  やわらかな口語の敬体の出だしで三句までなめらかに進み、下句でぐっと踏み込んでくる。そのチャンネルの切り替えが刺さった。「猫」というやさしい言葉と「乳癌」という恐ろしい言葉の目新しい取り合わせが、逆に深刻さというか現実の色濃さを伝えてきて、一瞬遅れて伝わってくる主体の狼狽えが深くて印象的だった。

 

ダンプからこぼれた土を掃くための道具がなくて汚れた道路 「日々の作業は」瀧音幸司

  区切れがなく、すべての言葉が修飾として結句に集約されている。こういう歌はくどくなったり読んでいて息切れをしたりするとされているけれど、この歌は上から下まですうっと読み下せるのが気持ちよかった。必要な道具がない不便な感じ、そのせいで道路が汚れている居心地の悪い感じから、全体的な生きづらさというか、暗雲のようなものを想起させ、景色のことしか言っていないのにほの暗い気分が伝わって印象的だった。

 

霧雨が蓮の葉に降り目で見えるいちばんちいさな水球になる 「わたしの故郷、きみのふるさと」中家菜津子

  二句までで景色がぱっと浮かび、その後にさらに焦点が水滴にあわさっていく。景が立つ、という言葉をよく使うけれど、立った景をさらに深める方法があるのかと驚いた。霧雨が、という主語を「降り」と「水球になる」にかけてなめらかにつないでいるのもすごいし、霧雨を目で見えるいちばんちいさな水球と言い表す観察眼もすごい。

 

9巻は貸し出し中なり子とわれもフランクフルトに足止めを食う 「釣り針」永田紅

  「9巻は貸し出し中なり」、唐突な出だしだが、一瞬遅れて誰もが経験したことのある事象だと思い至る。「足止めを食う」で、「アルプスの少女ハイジ」の続きが見たくて勇んで来たのに貸し出し中で、はしごを外されたような気分が鮮やかに伝わってくる。「フランクフルトに」という言葉からは、「ハイジ」に没入している感じも。主語が「われと子が」などと子主体ではなく、「われも」と並列なのが工夫されていると思う。

 

「不合格」と淡々という妹の母の目では堰切る涙 「おれのいもうと」宮嶋いつく

  一連を通し、妹との微妙な距離感が描かれていて、心うたれた。上句ではふてぶてしくさえ見える気丈な妹を描くが、下句で妹の内面と、それを見守る主体の内面に踏み込むことで、景をがらっと転換させている。その転換が鮮やかで、妹の悲しみの深さと、主体の複雑な気持ちが、より強く迫ってくる。

 

赤ちゃんに吸われたことのない乳に謝る夜もあるやわらかな 「蛸の瞳は」森笛紗あや

  赤ちゃんに、と始まると平和で楽しげな感じがするが、読み下すにつれ「乳」を赤ちゃんに吸われない自分への内省のようなものが描かれ、しんと静かな気持ちになる。結句「やわらかな」は赤ちゃんにも乳にも夜にもかかり、内省をふんわり受け止めてやさしい。この結句に救われるというか、希望という感じがする。

 

 

 引いた歌が赤ちゃんや子どもの歌が多いのは、私がまだなったことのない存在「母親」に(的外れかもしれないけれど)憧れというか、なんだか熱い視線を送っているからかもしれません。高校生の時は働く女性が出てくる小説ばかり読んでいました。「自分ではないもの」の生々しい心情に触れるときの、おそれやあこがれが、私が創作物を受容するときのひとつのモチベーションになっているのかもしれません。

 「真砂集」は、そういったおそれやあこがれがたくさん詰まって刺激的でした。1975年生まれの方が集まった短歌アンソロジーということでしたが、なんというか、私が背伸びしてぎりぎり見えない世界を悠々と見渡している方々の視線をいっぱい共有してもらえたような気がします。子どもがいる、子どもがいないことを乳に謝る、買い猫の乳癌と手術に直面する、ダンプを運転する、いもうとがいる、……いろんな分野で私のやったことがないこと、できないことをやっている人がいて、その人たちに見えている世界を短歌を通じて共有してもらえて、なんだか贅沢な読書経験でした。

 素敵な歌集をありがとうございました。