はやくおとなになりたい

短歌とぶんがくと漫画を愛する道券はなが超火力こじつけ感想文を書きます。

ニューウェーブ30年 うろおぼえレポート3

道券なりに

 

参加にあたって、私は「私はニューウェーブなのか?」という問いを立てていました。

 

 岩波文庫の現代短歌辞典には「口語、固有名詞、オノマトペ、記号などの修辞をさらに先鋭化した一群」とあり(サイトで準備してくださった資料で読みました)、荻原さんは「短歌の基本的な要素について、歴史的に引き継がれているものが、現代の感覚ときちんと一致しているかを問うシンプルな姿勢から生じる作品群」と仰っています(これも資料で読みました、ありがとうございます)。

 この二つの定義から言うと、私は「作者=主体」読みに懐疑的かつ、完全新かな口語体かつ、自然な口語を追求するこだわりから定型をしばしば無視するので、両方にはっきりとあてはまります。そのため、事前資料を読んだ段階では「私もニューウェーブ」との結論を引っ提げて参戦してしまいました。

 しかし、お話を伺うと、「他の人がやってることとは違うことをする」、「理論化」などの新たな定義が加わり、私はニューウェーブじゃないかもしれないという疑念が生まれ、結局結論は出ませんでした。ニューウェーブの典型を踏まえた作風の方がおられるのにニューウェーブに入っていない現状というのも、こういった定義づけの問題にかかわってくるのかなと思いました。

 ポスト近代を考える際に近代を振り返ることが必須であるように、ポストニューウェーブを考える際に必要だからニューウェーブを考え直す、というのが目的なのかなと漠然と勝手に考えて参加したのですが、私としては、自分なりにニューウェーブの定義づけそのものからもう1度スタートしていきたいなと思いました。

 

 私はいつも作歌で新しいことをしたい、目立ちたい、と思っているのですが、真新しいことをするためには、もう真新しくないとされている現状を知らねばならず、しかし、現状を知る手がかりがつかめずにぼんやりと過ごしていました。そんななかで、ニューウェーブ、ライトバース、前衛短歌といったキーワードやその実情を知るヒントを、刺激的なシンポジウムを通して知ることができ、とても実り多い会でした。憧れの歌人の方々が活き活きと話されている姿を見るのもうれしく、明日からまた作歌をがんばろうと思いました。

 最後になりましたが、パネリストの歌人のみなさま、そして、大会運営をしてくださった歌人のみなさま、本当にありがとうございました。