はやくおとなになりたい

短歌とぶんがくと漫画を愛する道券はなが超火力こじつけ感想文を書きます。

【文舵1】二人三脚

二人三脚

 

 私の足首と自分の足首を襷で結んでいるアヤちゃんのつむじに、 私は「彼氏できた?」って聞きたかった。やめたのは、 二人三脚が始まる直前に聞くべきことではないと思ったからだ。 昨日二人で帰る途中、 なぜか卓球部のタナカが割って入ってきた時も、 私は聞きたかった。「なんか最近タナカと仲良くない?」って。私の最寄り駅で私が下りた後、ドアが閉まる瞬間、タナカがアヤちゃんの腰のあたりに手をやったのを見た時も聞きたかった。「タナカとつきあってんの?」って。

 立ち上がったアヤちゃんの髪からは、 焼きたてのパンみたいな匂いがした。 私たちは互いの腰に手をまわした。そのほうが、 肩を組むより視界が広くなって、気持ち良く走れるからだ。 私と同じく柔らかな肉のついたアヤちゃんの腰。 その腰に近づいたタナカの手を思い出して、 今度は喉まで出かかった。「アヤちゃん、彼氏できた?」

 ピストルが鳴る。 アヤちゃんが焦って踏み出した左足にやや遅れて、 私も右足を出す。いっちにい、いっちにい。 五歩も歩いたところで、視界の端から他の選手たちの頭が消える。 私たちは目立って遅い。 アヤちゃんが喉の奥で低い笑い声を立てる。 私はアヤちゃんのこの笑い方が好きだ。 映画で若手俳優のすすり泣きがうますぎて逆にそこしか印象に残らなかった時とか、便覧の芥川龍之介の写真の解像度が高くてアー写ばりの完成度だった時とか、そういう時の笑い方。終わってほしくないと私は思った。 アヤちゃんと一緒の高校生活は楽しかった。他のどの子といる時よりも、ずっと楽しかった。

 九月の陽射しを受けて、グラウンドはどこまでも眩しい。 ゴールした後、私は、アヤちゃんに「彼氏できた?」 と聞くのだろうか。もし「できたよ」と言われたら、私は一体、 この光の海みたいな午後に、私は。

 

 

『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』アーシュラ・K・ル=グウィン(大久保ゆう訳)フィルムアート社 の「第1章自分の文のひびき」の〈練習問題①〉問1「文はうきうきと」をやってみました。楽しかった〜!