はやくおとなになりたい

短歌とぶんがくと漫画を愛する道券はなが超火力こじつけ感想文を書きます。

【文舵1②】祈った

祈った

 

 このバスは目的地には着かないと気がついたのは、信号待ちのバスの窓から、灰色にけぶる鴨川が見えた時だった。血の気が引くとはよく言ったもので、澤井はその時、 嫌な冷えに身体の芯が軋むのを感じた。澤井は目的地行きの正しいバスを調べ、 仕事相手に謝罪のメッセージを打ち、 降車ボタンを押し、膝に乗せていた上着に袖を通した。あとは祈った。 ひたすらに祈った。バスを降りた時も、 四車線の道路を強気で渡り終えた時も、 目的地行きのバスが来るバス停に立った時も、澤井は祈った。きりきりと祈った。風に揉まれた銀杏の木が、 あたりをざあっと黄色く染める。 水たまりを轢いてバスが近づいてくる。 遅刻するのはわかっていた。鼻の奥がつうと痛むのを感じながら、澤井は祈った。 胃の腑がねじれてちぎれそうなくらい祈った。 闇雲に祈った。ただただ祈った。できるだけ早く、1秒でも早く、目的地に着きますように。

 

 

 

『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』アーシュラ・K・ル=グウィン(大久保ゆう訳)フィルムアート社 の「第1章自分の文のひびき」の〈練習問題②〉をやってみました。強烈な感情を抱いている人物のほうでやりました。